頑張ることを辞められないけど、決して幸せにはなれないのは幼少期のせい?~カラーセラピーでの気付き~

燃え付き症候群に何回かなったことがあります。心が疲れて、もう何も出来ない。心の電池残量が10%切っても、そろそろまずいことに気づけず、何でもない時に涙が流れ自分の感情をコントロール出来ないという状態になり仕事を辞めたこともあります。


自分の感情やキャパに鈍感で、他人の期待に沿いたいという他人軸で生きてきたのですが
なぜそういう考え方で生きてきたのか、

産後に受けたカラーセラピーで

幼少期の環境が影響を与えていると気付きを得たのでご紹介します。

幼少期時代、母は乳がんの疑いで手術し精神的に病んでいました。それを小さいながらに感じとり、甘えられないと思っていた気が。
つまり、愛情不足で寂しい思いをしていたということです。

小学生の時、公文で英語を習っていたので英検を取ると母に褒められ、褒められるために頑張っていたのかもしれません。
母がどちらかと言うと、人には負けないで頑張ることに価値を置く主義で、子供ながらに頑張らないと愛されないと思ったのでしょう。

そのような幼少期時代を過ごすと、常に将来のために、今を頑張ることがスタンダードになりました。何かを達成しても、すぐに次にやることは何か探し、常に満足することがなかったように思います。


何か資格をとっても何かしら自信がなく、だからそれを努力でカバーしようと思ったのかもしれません。
また、自分軸がなかったので、自分が何を好きで何が嫌いか分からず、また何をすると幸せを感じるのか分かっていなかったので、常に肩の力を入れていました。他人の目にどう映るかばかり考えていた気がします。

頑張ることを辞められないけど、決して幸せにはなれないのは幼少期のせい?幼少期に甘えれなかったからかもしれないけれど、さすがに30台後半の大人になりそろそろ解放されても良いのでは?と思う方は、
カラーセラピーの自分史作りをオススメします。
5歳区切りでその年代の記憶を辿り、その記憶に合った色で虹を塗ります。

色が持つ深層心とかはちょっと忘れてしまいましたが、カウンセラーさんから言われた言葉が印象的で記憶によく残り、その後の私に良い影響を与えてくれましたのでご紹介します。

0~5歳の虹に灰色を塗った意図をカウンセラーさんに聞かれた時、「母が精神的に不安定だったので、甘えれなかった。」と答えました。
その私に大人になった私が声を掛けるとしたら、何と声をかけますか?と問われ、「寂しかったね。」と声掛けしたいと言いました。

このカウンセラーさんとのやり取りで、初めて私は幼少期に寂しい思いをしていたのだと気付き、またそれを癒す行為は大人になってからでも出来ることを知りました。

また、カラーセラピーの宿題で、朝に起きたら鏡を見て「私は私を愛します。」と言ってくださいと言う宿題が出ました。
皆さん、すんなりこの言葉を自分に言えますか?
私は嫌悪感が出てきて、言いづらかったです。
けど、アファメーションと言い、言い続けるとそれが本当になるようで、ちょっとは自分のことが愛せるようになってきたと思います。

カラーセラピーを何回か受けることで、条件付きではなく、ありのままの自分を愛することが少しは出来るようになってきて、だいぶ生きるのが楽になった気がします。頑張らなくてもありのままの自分で生きることです。

自分が何を心地よいと感じるのか、はたまた何を不快と感じるのか俯瞰出来てきたことで、日々の何気ない生活で幸せと感じることが増えてきました。

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