20代半ばから数年、自己視線恐怖症になっていた。
人を睨んでしまう行為をコントロール出来ない状態で、職場で上司や後輩との会話で何でもないタイミングで睨んでしまい、睨んだ側なのに心が苦しかった。
自己肯定感が低く、感情を抑圧されて生きていたし、浪人やら何やらで他の人より2年遅れで社会に出たので、同期の中で何かしら成果を出さないとと焦っていた。
そんな中配属された先が、自分には合わない上司で会話からはハブられるし、叱責は本当に怖かった。
入社して半年以内に、昼休みに涙が出て止まらなくなり精神的に追い詰められていた。
そんな中、発症したんだと思う。
メンタルに関する症状は恥ずかしいことだと思っていたので、周りには相談出来ず、インターネットで調べたところ、
オンラインでカウンセリングを受けれるとのことで、藁にもすがる思いでカウンセリングを受けた。
料金が60分で1万円かかり、結局1回か2回だけカウンセリングを受けたのだが、
金額がこんだけ高いと継続しづらい。
もっとリーズナブルなお値段だったら継続出来ただろうなと思った。
結局、その会社は辞めて数年したらたしか症状は治まったと思うが、自己肯定感が低い20代だったので、生きるのが本当にしんどかった。
けど、死にたいとかは思わなかったし、どうも鬱になる前にダウンするようで、その時点で会社を辞める選択をしたので治りが早かったのかも。
そういった意味では、逃げるは恥だが役に立つ的な、生存するうえで大事な戦略をとったと言える。(その時の自分、よくやった!)
どうも肩の力を入れすぎて考えていたようだけど、思考の偏りと同期より+2年の隔たりによる心の焦りと疎外感により、心を蝕んでいったのだろう。
結構肩の力を抜けるようになってきた今、当時の私に声をかけるとしたら、
「そんなの気にする必要ないよ。まぁ、けど合わない職場を辞めて好きな仕事に変わるのもありだよね。自分が何が好きで何を不快に思うのか考えてみて。色々な選択肢があるよ。」と言いたいかも。
とりあえず、当時の私は合わない環境で頑張りすぎていた!
就活で自己分析が大事と言われてきたけど、出来てなかったんだろうな~と思う。
良い会社に入って資格も取れれば、幸せな人生と思っていたこど、他人軸での幸せだったようだ。
今、私が幸せに思うのは、洗濯物をきれいに干せた時、ゆっくり外を散歩して、花や木を眺める時など。何気ない日常で幸せを感じれる自分がいることに感謝!
サード・プレイス的なアロマ兼ヨガの教室を見つけたことによる影響も大きいのかも。
20代は、仕事で成果を出さないと人生終わる的な世界観で生きてきたけど、
パートでゆるく働く今、ライフに焦点をあてて生きていてそれも悪くない。
フルタイムで働くワーママさんもいるけど、私にはそのキャパシティがないようだ。他人の生き方を羨ましがるほど無駄な時間はないよね~と自分に言い聞かせつつも、器用にこなせている友人がいたらごめん、今はちょっと話したくないやと、心がざわつくので距離をとるかな。
やっぱりちょっと羨ましいもんね。


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